「正解が分からないまま、時間だけが過ぎていく」つらさ
ここまでで、
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①修繕積立金が足りない
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②理事のなり手不足・高齢化
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③老朽化・空室増加・準スラム化リスク
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④会計不正・管理会社とのトラブル
を見てきました。
その“集大成”みたいなテーマが、今日の
⑤ 建替え・長寿命化工事の合意がまとまらない
という問題です。
「建替え」か「延命」かで、住民同士の溝が深くなる
築40年、50年のマンションで、
よくこんな会話が聞こえてきます。
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・「もう建て直した方がいいんじゃないか」
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・「いや、そんなお金ないよ。長寿命化の改修でいいだろう」
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・「自分はあと10年住めれば十分だから、大きな負担はごめんだ」
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・「子どもに残したいから、ちゃんと価値がある状態にしてほしい」
どれも、ぜんぶ“本音”です。
問題は、
誰かが間違っているというより、
立場やライフプランが違うだけなのに
「建替え派 vs 反対派」みたいな構図になってしまうこと。
その結果、
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・話し合いの場が、だんだんギスギスしてくる
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・理事会も「重い議題だから」と先送りしたくなる
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・結局何も決まらないまま、建物だけ老朽化していく
これが、一番きついパターンです。
法律上も「ハードルが高い」のは事実
そもそも、建替えのハードルは法律的にも高いです。
つまり、20戸なら16戸以上の賛成。
1〜2人の反対で進まなくなる世界です。
このハードルの高さがネックになってきたため、
国は今、
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・老朽化や安全性に問題があるマンションは、
建替え要件を4分の3まで緩和する方向
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・所有者不明や長期不在の区分所有者を、
裁判所の手続きで「議決の頭数から外す」仕組み
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・建替えだけじゃなく、
一棟リノベーション・一括売却・取壊しなど
多様な「再生メニュー」を法制度として整備
といった改正を進めています。地域特化型ポータル 不動産連合隊+1
それくらい、
今の日本全体が「決められない老朽マンション」を問題視している
ということでもあります。
「建替え」が唯一の正解じゃない時代になっている
大事なポイントはここです。
いまの法律・政策は、「建替えだけが正解」とは言っていない。
国交省や法務省の資料を読むと、
老朽化マンションの“再生メニュー”として、例えばこんな選択肢が並びます。マンション管理・再生ポータルサイト+1
つまり本当は、
「建替えか、しないか」
ではなく、
「建替え・長寿命化改修・リノベ・一括売却 etc…
どの再生パターンが、このマンションにとって現実的か?」
という“複数案を比べるゲーム”なのに、
現場ではどうしても
という二元論になりがちです。
ここを整理し直すだけでも、
話し合いの空気は変わってきます。
ステップ1:感情の前に「3つのシナリオ」を数字で並べる
まずやるべきなのは、
住民の好みの前に**“数字の現実”を揃えて見せること**です。
おすすめは、最低この3案を並べること。
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1.最低限の修繕だけで延命する案
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2.長寿命化改修・一棟リノベーションで延命する案
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3.建替え(あるいは一括売却を含む再生)案
それぞれについて、
これを1枚の比較表+簡単なグラフにする。
ここができると、
「なんとなく建替えこわい」
→ 「建替えはここまで負担が大きい。でも終わった後はここまで回収できる可能性がある」
「修繕でいいんじゃない?」
→ 「修繕だけだと、10年後にまた同じ悩みが出てくる」
と、議論の“物差し”が揃ってきます。
ステップ2:オーナーのタイプ別に「不安のツボ」を言語化する
合意がまとまらない一番の理由は、
「同じ数字を見ても、人によって怖いポイントが違う」
ことです。
ざっくり分けると、オーナーにはこんなタイプがあります。
A:高齢でローン完済、「ここで一生住み切る」人
B:現役世代・子育て世代
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・住宅ローンがまだ残っている
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・子どもの教育費もこれからピーク
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・「二重ローン」は絶対に避けたい
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・でも、将来売る可能性や資産価値も気になる
C:投資家・賃貸オーナー
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・利回り・賃料相場・出口価格が最重要
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・空室リスクが上がるのは避けたい
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・できれば“再生後”に賃料アップも狙いたい
D:空き家持ち・相続予定者など
合意形成のコツは、
「この人たち全員を説得しよう」とする前に、
「それぞれが何を一番怖がっているか」を整理すること。
ここが見えてくると、
みたいに、“刺さる説明”が変わってきます。
ステップ3:数字の前に「将来像」を一度言葉にしてみる
意外と忘れられがちですが、
建替えや長寿命化工事は、「将来のマンション像」を決めること
でもあります。
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・20年後、ここはどういう人たちが住んでいるマンションにしたいのか
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・高齢者が増えるのか、共働きや子育て世帯が多いのか
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・ペット・在宅ワーク・EV充電など、新しいニーズにどう対応したいのか
このあたりを、
1回でいいので真面目に話し合ってみる。
国のマニュアルでも、建替え決議の前提として
「まちづくり・ライフスタイルの将来像」を整理することが推奨されています。国土交通省
数字だけだと、
どうしても「損か得か」のケンカになります。
でも、
「このマンションを、こういう場所として残したい」
という“物語”が共有できると、
不思議と人は少しだけ負担を受け入れやすくなるんです。
ステップ4:プロを“早めに”入れる
建替え・長寿命化工事の話は、
素人だけで決めるには重すぎます。
ここは遠慮なく、プロを味方につけた方がいいです。
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・再生コンサルタント
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・一級建築士(構造・設備に詳しい人)
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・不動産鑑定士(資産価値・事業性の評価)
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・マンション管理士・弁護士(法的スキーム)
さらに、国や自治体は今、
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・「マンションストック長寿命化等モデル事業」
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・「老朽マンション対策モデル事業」
などの名前で、
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・専門家派遣
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・合意形成の支援
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・長寿命化改修・建替え工事への補助
といった支援を用意し始めています。国土交通省+2マンション管理・再生ポータルサイト+2
「お金も時間もないから、とにかく安くで…」
とプロを入れるのをケチると、
結局、情報も合意形成もグダグダになりやすい。
むしろ、
「専門家にきちんと入ってもらって、
選択肢と数字とリスクをハッキリさせる」
ここにお金を使った方が、
長い目で見ればずっと安くつきます。
ステップ5:「合意形成の階段」を設計する
国交省の建替えマニュアルを見ると、
合意形成はざっくり、こういう“階段構造”で説明されています。国土交通省
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①現状調査(劣化状況・耐震性・コストなど)
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②勉強会・説明会(再生方法の「選択肢」を知る)
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③方向性のたたき台(建替えor長寿命化、どちらを軸に検討するか)
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④具体的な事業案・資金計画の作成
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⑤個別相談・ヒアリング(高齢者・投資家などタイプ別に)
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⑥最終的な決議(建替え決議・長寿命化工事の議決など)
多くのマンションがつまずくのは、
①②をあまりやらずに、
いきなり⑥「賛成か反対か?」の投票を試みる
からです。
人は、
知らないものには反対しがち です。
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・勉強会で「選択肢」を知る
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・たたき台の案で「イメージ」を持つ
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・個別相談で「自分の家の事情」に照らして考える
このステップを踏んで初めて、
冷静な「賛成/反対」が出てきます。
ステップ6:「全員一致を目指さない」勇気も必要
建替え決議には、
まだしばらくは5分の4以上の賛成が必要です。アフリカWEB+1
ただ今後、
老朽化や安全性の問題がある場合には、
4分の3の賛成で進められるような制度が整っていきます。中京ハウジング株式会社+1
ここで大事なのは、
「100%全員が心から賛成してくれる状態」をゴールにしないこと。
もちろん、できる限り不安を減らす努力は必要です。
でも、どれだけ丁寧に説明しても、
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・どうしても建替えが受け入れられない人
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・逆に「今すぐ建替えないと嫌だ」という人
は、一定数残ります。
区分所有法では、
建替え決議が成立した場合、
といったルールが用意されています。国土交通省+1
これはつまり、
「みんなで決めた方向に進む代わりに、
どうしても乗れない人には“お金で出口を用意する”」
という仕組みです。
「みんなの生活基盤」という公共性と、
「個々人の事情」を、完璧ではないにせよ
どこかで折り合いをつけるためのラインが、
5分の4(今後は一部4分の3)なのだと考えると、
少し見え方が変わってきます。
ステップ7:それでも決められないマンションは、どうなるか
ここはちょっとシビアな話になります。
国は今、
「管理不全のまま放置されているマンション」に対して、
などを整備し始めています。国土交通省+2中京ハウジング株式会社+2
つまり、
「何も決められないまま、
管理も再生も進まない状態」を
本気で減らしにきている
ということです。
これは脅しでもなんでもなくて、
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・自分たちで決められるうちに
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・自分たちの意志で再生の方向を選ぶ
方が、
圧倒的に自由度も満足度も高いという話です。
いま、板挟みで疲れている理事さん・オーナーへ
もしあなたが今、
だとしたら、
精神的にかなりしんどい局面だと思います。
でも、覚えておいてください。
あなたの役割は、
「全員から好かれる結論」を出すことではなく、
「合理的な選択肢と数字を並べて、
みんなが“納得して決めた”と言える状態まで持っていくこと」
です。
そのために、
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・3つの再生シナリオを比較する表を作る
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・勉強会を1回開いて、プロに話してもらう
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・オーナーのタイプ別に、個別相談の場をつくる
どれか一つでも、
“明日やれる一歩”を動かしてみてください。
合意形成は、
一気に大ジャンプで決まることはほとんどありません。
でも、小さな一歩を積み重ねていくと、
ある日ふと、
「ここまで来たなら、もう腹をくくろうか」
という空気が、
マンション全体に生まれる瞬間があります。
次回は「⑥ 日常トラブル(民泊・ペット・騒音・EV充電など)」へ
これで、
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修繕積立金
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理事のなり手不足
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老朽化・準スラム化
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会計不正・管理会社トラブル
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建替え・長寿命化の合意形成
まで、一通り触れてきました。
最後のテーマは、
一見「小さなイザコザ」に見えて、
実はマンションの空気を一番悪くする
⑥ 民泊・ペット・騒音・EV充電などの日常トラブル
について。
このあたりを、次回まとめていきます。
もし、
あなたのマンションでも「建替え or 延命」で揺れているなら、
この記事を理事会や住民グループにそっと共有してみてください。
それが、
“決められないマンション”から一歩抜け出す
きっかけになるはずです。
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