水のゆくえ ③ ―― 館山の井戸のスイカに帰ってくる
久喜で小さな不動産屋を30年やってる、ただのおじさんのブログです。「水」の話、3日連載の最終回。前回まで、世界の水がどれだけ揉めているかを見てきた。戦争の火種になり、海から作られ、AIに飲み干され、その量すら隠されている。散々な話だった。今日は、その世界を一周した頭で、自分の足元の水に帰ってくる。 日本の水は、なぜあんなにきれいなのか日本の川は、流れが速くて、きれいだ。これは地形のおかげなんだ。国土が山がちで、川が短く急なので、水が山から海まで一気に駆け下りる。大陸のゆったりした川のように、途中で汚れをためこむ時間がない。世界が水で揉めている話の後だと、この当たり前のありがたさが、急にくっきり見えてくる。 先日、静岡の沼津にある先輩の家で、驚いたことがあった。あそこの水道水は、なんと富士山の雪解け水そのものなんだ。三島・沼津のあたりは、蛇口をひねると富士山の水が出る。比喩じゃなく、文字通り。しかもその水は、10年ほど前に富士山に降った雪や雨だという。 調べてみたら、この「地下に潜ってから湧き出るまでの年数」は研究によってバラつきがあって、三島周辺だと4〜6年、10年、15年、30年と諸説ある。観光でよく紹介される柿田川では「26〜28年」。つまり先輩の蛇口から出ている水は、10年前後から、長ければ四半世紀ほど前に富士山に降ったもの。仕組みがまた美しくて、約8,500年前の富士山の噴火で流れ出た溶岩が、スカスカで水をよく通す層になっていて、その中を雨と雪解け水が地下の川として何年もかけてゆっくり流れ、末端で湧き出す。8,500年前の火山岩で、ずっと濾され続けた水を、私たちは飲んでいるわけだ。 夏でも冷たい ―― その理由と、ある記憶先輩の家の水で、私が一番感動したのは「夏でも冷たい」ことだった。あれ、ただ冷たいんじゃなくて、一年中ずっと同じ温度なのがすごい。柿田川の水は年間を通して15〜16度前後で安定している。深い地下水は、その土地の年平均気温くらいに落ち着いていて、地表の暑さ寒さから隔てられているから、真夏でもひんやり、冬はむしろ暖かく感じる。この「変わらなさ」こそが、本物の湧水の証なんだ。 ……で、その冷たさを指で感じた瞬間、私はあることを思い出した。 実は私は、千葉の館山の出身だ。房総の先っぽの、海のそばの町。子どもの頃、夏になると、冷たい井戸水でスイカを冷やしていた。桶に水を張って、井戸のそばに置いて、割ったら中までキンと冷えている。種を飛ばしながら食べる、縁側のスイカ。想像しただけで、今でも夏の匂いがしてくる。 面白いのは、沼津の蛇口の水も、館山の井戸のスイカも、冷たい理由はまったく同じだってこと。地下水が、地表の暑さから隔てられているから、真夏でも冷たい。富士山の湧水と、房総の井戸は、地下でつながった同じ現象だったんだ。私はあの一杯で、無意識に、子どもの頃の館山の夏を飲んでいたのかもしれない。 日本って、ホントいいよね世界の水の話を一周した後に、館山の井戸のスイカを思い出すと、それがどれだけ贅沢だったかが、初めて分かる。 アメリカでは地下水が涸れ、世界では大勢が安全な水を飲めず、企業がどれだけ水を使っているかすら隠されている。そんな話をひと通り見た後で振り返ると——冷たくて、きれいで、タダで、地面からいくらでも湧いて、スイカ一個まるごと冷やせる水。世界の基準で見たら、あれは相当な豊かさだ。しかも日本は、名水が観光地になるだけじゃなく、普通の家庭の蛇口まで安全な水が届いていて、国じゅうどこでも飲める。この全部が揃っている国は、そう多くない。 日本って、ホントいいよね。この言葉は、教科書の知識じゃなく、あの井戸水の冷たさを体が覚えている、という実感だ。 ただ、その「当たり前」も畳まれ始めているでも、正直に書いておかなきゃいけないことがある。その原風景も、少しずつ遠くなっている。 幸手市の水道料金の値上げは、不動産屋としては笑えない。人口が減る→料金を払う人が減る→一人当たりの維持費が上がる→料金値上げやサービス縮小→街の魅力が落ちる→さらに人が減る。この負のループが、今、地方で静かに回っている。水道管や下水管は、高度成長期に一斉に作ったものが、同時に寿命を迎えつつある。埼玉の八潮市で起きた、老朽下水管による道路の陥没事故は、その象徴だった。 そしてついに、国は「人口が減った地域では、下水道を廃止して、各家庭の浄化槽に戻せるようにする」法改正を進めている。本下水を無くして、昔の個別処理に戻す。すでにそうした先行事例も出ている。効率だけを考えれば、正しい判断なんだろう。でも、下水道が引かれていた町から、それが引き上げられていく——その光景は、地方が静かに畳まれていく音のように、私には聞こえる。 世界を一周して、久喜に帰ってくるこうして私の頭は、アメリカの畑の乾きから始まって、世界の水戦争を通り抜け、富士山の湧水と館山の井戸に寄り道して、最後に、自分が30年商売をしてきた久喜の土に帰ってきた。 水の話を一周して、腹に落ちたことがある。「当たり前」に見えるものほど、実は脆くて、貴い、ということだ。蛇口をひねれば冷たくてきれいな水が出ること。井戸でスイカを冷やせること。町に人が住み、インフラが維持され、活気があること。世界の基準で見れば、そのどれもが、当たり前じゃない。放っておけば、静かに失われていくものだ。 だから、地域活性化は不動産会社の使命だと思って、私はやっている。これは綺麗事じゃなくて、水の話とまっすぐつながっている。どの町が生き残る側に入るか、それはそこに人が住みたがるかどうかで決まる。人を呼び込み、空き家を活かし、町に活気を作ること自体が、この町を「畳まれない側」に押し込む力になる。世界が水で乾いていく話を見た後だからこそ、足元の「当たり前」を守る仕事の重さが、前より少しだけ、はっきり見える。 世界の果てまで水の話を追いかけて、たどり着いた結論が、館山のたらいで冷えたスイカと、久喜で人が笑って暮らす町を守りたい、という気持ちだった。我ながら、遠回りしたもんだ。w でも、悪くない旅だった。 参考にした話(気になった人向け)
※ 数字や時期は執筆時点(2026年7月)のもの。この分野は動きが速いので、そのうち変わるかもしれません。 |








