いま、全国のマンションでよく聞く悩みは、だいたい次の6つに集約されます。
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①修繕積立金が足りない
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②理事のなり手がいない・高齢化で運営が回らない
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③老朽化と空室増加で「準スラム化」していく不安
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④会計の不透明さ・横領・管理会社とのトラブル
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⑤建替えや長寿命化工事の合意がまとまらない
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⑥民泊・ペット・騒音・EV充電など、日常トラブルが増えている
どれも一つひとつが重いテーマですが、
共通しているのは
建物は年を取るのに、
お金と人とルールのアップデートが追いついていない
という点です。
このシリーズでは、
同じことで悩んでいる理事長さん、理事さん、区分所有者の方に向けて、
「責めない」「一人で抱え込まない」を前提に、
それぞれの問題と現実的な打ち手を一緒に整理していきます。
今日はその中でも、いちばん多くのマンションがぶつかっている
① 修繕積立金が足りない問題
に絞って、解決の方向性と、心の持ち方も含めてお話しします。
1. まず、「誰のせいか探し」をやめるところから
「修繕積立金が足りません」
「このままだと大規模修繕ができません」
こう言われると、ついこう考えたくなります。
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前の理事会がちゃんとやらなかったからだ
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管理会社がちゃんと説明しなかったからだ
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自分が引き受けなければよかった…
でも、ここが一番大事なポイントです。
あなたがダメだから足りなくなったわけではありません。
多くのマンションは、スタートの時点で
という“営業上の事情”を抱えたまま売り出されています。
さらに、建設費や人件費がどんどん上がっているのに、
長期修繕計画も積立金も見直されてこなかった。
つまり今の状況は、
新築時の設計ミス+その後の放置のツケが、
たまたま「今の理事会」に回ってきているだけ
とも言えます。
だから最初にやるべきことは、
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犠牲者探し
ではなく
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「どれくらい足りないのか」を冷静に把握すること
ここからしか話は始まりません。
2. ステップ1:「本当にいくら必要なのか」を出し直す
「足りない足りない」と言われても、
具体的に “いくら不足なのか” が見えないと、誰も動けません。
① 長期修繕計画を“今の時代用”にアップデート
築年数がそこそこ経ったマンションの長期修繕計画は、
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古い単価で作られたまま
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型だけ整えた、ほぼ“飾り”
になっていることも多いです。
ここを一度、きちんとやり直します。
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外壁・屋上防水・廊下やバルコニー・配管
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エレベーター・ポンプ・受水槽・機械式駐車場 など
「今の工事単価」で
30〜40年スパンの修繕スケジュールと概算費用を出し直す。
ここをケチると、
将来また同じセリフを言うことになります。
② 国の“目安”と自分たちのマンションを比べる
国のガイドラインには、
マンションのタイプ別に「修繕積立金の目安(月額)」が出ています。
ここでやることはシンプルです。
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自分のマンションの現状の積立金
と
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ガイドラインの目安金額
を並べる。
これをやるだけで、
「そもそもスタートが安すぎた」
「いまの金額は“普通”ではない」
という現実が、感情抜きで見えてきます。
これは、
「理事会が勝手に高い金額を要求しているわけじゃない」
と伝えるための、強い材料にもなります。
③ 「このまま行くと、いつ・いくら足りないか」を可視化
住民の意識を変えるスイッチは、ここです。
みたいな形で、時期と金額をセットで見える化します。
グラフにして、
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緑のライン:本来必要な積立額
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赤のライン:現状の積立額
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交わったところが「資金ショートする年」
こうやって図で見せると、
「なんか足りないらしい」
→ 「このままなら確実に詰む」
に変わってきます。
3. ステップ2:積立金を“現実的なペース”で上げる
必要額が見えてきたら、次の勝負はこれです。
「どのくらいのペースで、その水準まで近づけるか」
① 目標は「均等積立」に近づける
理想は、
将来必要になる金額を、毎月コツコツ均等に積み立てる形
です。
ただ、現実には
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現在:7,000円/月
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理想(均等積立):15,000円/月
みたいな差が出るマンションもあります。
ここで
と言ったら総会が爆発します。
なので、現実的なやり方は、
② 段階的な“値上げカーブ”を決める
例えばこんなイメージです。
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今年〜3年後:月7,000 → 10,000円
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4〜6年後:月10,000 → 13,000円
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7〜10年後:月13,000 → 15,000円
こうした 「いつ・いくらに上がるか」 を
年表とグラフで住民に示します。
ここで大事なのは、
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何年後に「資金ショートしない状態」になれるのか
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それまでに来る大規模修繕をどう乗り切るのか
を、セットで示すこと。
③ 住民への説明は「順番」が命
修繕積立金の値上げは、
どうしても感情的な反発が出やすいテーマです。
だからこそ、説明の順番が大事です。
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今のまま行くとどう破綻するか
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本来必要な額(均等積立)のライン
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その差を、何年かけて埋めていくか(シミュレーション)
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値上げしなかった場合の“もっと痛い未来”
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一時金100万円請求
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修繕できずに資産価値が大きく下がる
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「売りたくても買い手がつかないマンション」になる
人は、
「嫌なこと(値上げ)」だけを聞くと全力で拒否しますが、
「もっと嫌な未来を避けるための、まだ軽い痛み」
だと納得しやすくなります。
4. ステップ3:直近の工事資金は「4枚のカード」で乗り切る
積立金の設計を直しても、こういうケースは多いはずです。
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「でもウチ、3年後に大規模修繕が来るんだよ…」
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「その前に外壁が危ないって言われている」
この“目の前の工事”をどうするかは、
次の4つのカードの組み合わせで考えます。
① 工事内容・仕様・業者の見直し
「安さだけで選ぶ」のは危険ですが、
無駄なグレードアップ工事が紛れ込んでいるケースも多いです。
“守るべきところ”と“削ってもいいところ”を仕分けするだけで、
数%〜数十%下がることもあります。
② 一時金徴収(臨時の負担)
なので、
「全部を一時金で賄う」は基本NG。
足りない分の一部を補う手段と割り切る方が安全です。
③ 管理組合としての借入(ローン)
メリット:
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一時金を用意できない人を救済できる
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必要な工事を先送りせずに済む
デメリット:
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利息負担が出る
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積立金+返済で、毎月の負担は重くなる
ここは、
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「どのくらい借りて」
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「何年で返済して」
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「その間、積立金をどこまで上げるか」
をセットで設計しないと、
『第二の資金不足』を将来に作ることになります。
④ 工事の分割・時期の調整
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緊急度の高いところだけ先にやる
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優先度が低い部分は次回に回す
こうやって、一度に必要な金額を圧縮する方法です。
ただし、
延ばしてはいけない工事(構造・防水・安全)は絶対に後回しにしない
ここを間違えると、
劣化が進んで結果的にトータルコストが増えることもあります。
5. ステップ4:10年後にまた詰まないための「仕組み」を作る
今のピンチを乗り越えただけで終わると、
10年後にまた同じことが起きます。
そうならないために、最低限これだけは決めておきたいです。
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長期修繕計画を5年ごとに見直すルール化
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毎回、国の目安と自分たちの積立金を比較する
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積立金の改定プロセスを規約・細則に書いておく
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会計の透明化
一度ルールを作ってしまえば、
誰が理事長になっても、
「仕組みとして見直し・値上げの議論が自動的に起動する」状態にできます。
6. いま不安を抱えている理事さんへ
もしあなたが今、
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「自分の判断が間違っていたらどうしよう」
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「住民から責められたらと思うと怖い」
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「こんな大きなことを自分が決めていいのか…」
と感じているなら、
その不安はとても自然なものです。
でも、覚えておいてほしいのは、
あなた一人が“完璧な正解”を出す必要はない
ということです。
マンションの修繕・資金計画は、本来
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管理会社
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設計事務所
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施工会社
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金融機関
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マンション管理士・専門家
こういった“チーム”で考えるべきテーマです。
理事長や理事会の役割は、
「正しい情報と選択肢を集めて、
みんなが納得しやすい形で差し出す人」
であって、
一人で責任を全部かぶる“犯人役”ではありません。
7. 次回は「理事のなり手不足・高齢化」の問題へ
今回は、
6つの問題のうちの①
修繕積立金が足りない
にフォーカスしてお話ししました。
次回は、
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理事のなり手不足・高齢化で管理組合が回らない
という、これまた多くのマンションが抱えている悩みを、
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現実に今何が起きているのか
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どんな役割分担・外部委託で乗り切れるのか
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「燃え尽きないための理事のメンタルケア」
このあたりも含めて掘り下げていく予定です。
あなたのマンションの状況が、
どれだけ厳しく見えていても大丈夫です。
「足りない現実をちゃんと見て、
それを数字と言葉で共有する」
そこからやり始めた管理組合は、
少しずつでも、必ず前に進んでいきます。
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